大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和24年(行ナ)2号 判決 1949年11月08日

昭和二四年(行ナ)第二号控訴人

伊藤豊次

被控訴人

昭和二四年(行ナ)第三号控訴人

被控訴人

伊藤豊次

主文

原判決中「原告その余の請求は之を棄却する」とある部分を除きその余の部分を取消す。

第一審原告の請求を棄却し、予備的請求を却下する。

第一審原告の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。

控訴の趣旨

昭和二四年(行ナ)第二号控訴の趣旨

原判決中原告其余の請求は之を棄却すとある部分を取消す、第一審被告が昭和二十三年五月二十六日第一審原告の所有に係る旭川市永山村四百七十八番地の二畑五反歩及び同市永山村四百六十九番地の三畑九反五畝十六歩に対しなしたる土地買收処分を取消す。

訴訟費用は第一、二審共第一審被告の負担とする。

昭和二四年(行ナ)第三号控訴の趣旨

主文第一、二項と同旨。

事実

第一審原告代理人において、本件甲地については旭川地区農地委員会に於て農地買收計画を定め昭和二十二年六月上旬同委員会が該農地買收計画について自作農創設特別措置法第八條の規定によつて北海道農地委員会に右買收に関する承認を求め既にその承認があつたので残る手続は知事の買收令書の交付のみであると附加し、第一審被告代理人において右第一審原告の附加主張事実を認め、なお一、仮に甲乙両地が近くその使用目的を変更するのを相当とする土地であるとしても該土地を買收から除外するためには旭川地区農地委員会が北海道農地委員会の承認を得てその旨を指定し又は北海道農地委員会が自らその旨指定した土地でなければならない然るに甲乙両地についてはいずれもその旨の指定がない從つて甲乙両地を買收から除外すべきでないこと勿論であるのみならず北海道知事は旭川市における自作農創設特別措置法第五條第四号該当地につき昭和二十二年一月二十六日農政第二四六〇号土地区画整理地区に関する自作農創設特別措置法第五條第四号の指定基準等に関する件と題する農林内務両次官及び戰災復興院次長の通牒により設置せられた北海道都市計画法適用市町村の買收除外並びに賣渡保留地区委員会に諮問し同委員会において昭和二十三年五月三十一日自作農創設特別措置法第五條第四号の指定案を作成しこの指定案は同法施行規則第一條の二により同年九月一日農林大臣の承認があつたが、甲乙両地とも右指定地域内ではない、この指定すらない甲乙両地について旭川地区農地委員会及び旭新地区農地委員会が同條第五号の指定をしないのは当然であるからこの点からしても第一審原告の本訴請求は失当である、本件訴は本質においては行政訴訟であるが行政訴訟において司法権は行政権に対する一般的監督権を有するものではなく單に当事者間における具体的な法の適用の保障的機能を認められるに過ぎない然るに甲地に対しては旭川地区農地委員会がその買收計画を樹てこれを公告し第一審原告の買收計画に対する異議申立に対して却下の決定をなしこれに対する訴願につき北海道農地委員会が訴願棄却の裁決をなしたが知事はまだ買收令書の交付をしていないのである然るに第一審原告は仮に右処分に違法があればその処分廳たる旭川地区農地委員会に対し買收計画取消の訴若しくは異議却下取消の訴又は北海道農地委員会に対し裁決取消の訴を提起しうるに拘らずこれを爲さずその後の処分の爲さるるに先んじて國に対して買收処分の禁止を求める訴を提起したのは許さるべきでなく第一審原告の甲地に対する本件訴は此の点においても失当である二、第一審原告は被告を國としその代表者を知事としているがこれは失当である又國に対して本件土地を「買收すべからず」と請求しているがこの請求自体失当であると訂正附加した外、いずれも原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。(立証省略)

理由

まず、本訴の適否について調べるに、本訴中第一審被告の控訴にかかる部分は第一審原告から第一審被告たる國に対し自作農創設特別措置法第九條による行政処分として農地を買收すべからずとの不作爲給付を求めるものであり第一審原告の控訴にかかる部分は、第一審原告から國に対し同條によつて知事のした農地買收処分の取消を求めるものである。かようの訴はいずれも行政事件訴訟特例法第一條の訴に該当するので同法施行後にあつてはその行政廳たる北海道知事を被告としなければならないことは明らかであるが、本訴は同法施行前の提起にかかるものであつて、これについては行政廳たる知事を被告とするも、また知事を機関としてその行政処分を行う実質的当事者たる國を被告とするも、いずれも適法であつたことは本件についてさきに当裁判所の判断したところである。そうしてこの訴訟上の効力は同法施行後も依然存続するものであるから同法の規定にもとずいて本訴を不適法であるとする第一審被告の主張はこれを採用し難い。よつて進んで本案について判断を加えることにする。

第一、甲地に対する買收禁止の請求について、

第一審原告が旭川市大町一丁目三十番地の六畑一町七反九畝七歩(甲地)の不在地主であること、同市旭川地区農地委員会が、右農地は自作農創設特別措置法(以下法と略称する)第三條第一号に該当する土地として買收計画を樹て昭和二十二年三月十五日その旨を公告し第一審原告において同月二十五日右買收計画に対し同農地委員会に対し異議の申立をしたところ同農地委員会では翌二十六日右異議申立を却下したので更に北海道農地委員会に対し訴願したが同年五月三日道農地委員会では右訴願を理由ないものとして棄却したこと、同年六月上旬旭川地区農地委員会が右農地買收計画について法第八條の規定によつて道農地委員会の承認を受けたことは、いずれも当事者間に爭がない。第一審原告は右事実に基き甲地が法第五條第五号に該当することを理由として、まさになされようとする法第九條による買收処分をなすべからずとの判決を求めるものであるが、かようの訴はもとより行政処分の取消を求めるものではなく、從來の行政訴訟の観念からすれば許されないところであるけれども日本國憲法施行後の裁判所はその公法上の関係たると私法上の関係たるとを問わず一切の法律上の爭訟を裁判するのであつて、公法上の関係において從前の行政裁判所に属した権限が委讓されたというのとは根本的に差異があるのであるからまさに違法の行政処分がされようとする必至の場合にはその行政処分の差止を求めるについて法律上の利益を有する限りかようの請求をなしえない理由がなく、またこれは決して司法権が行政権に干渉することにはならないのである。ただこの場合において法律に特別の規定がない以上裁判によつて違法の行政処分をしないことを強制する方法のないことは論を俟たないけれども行政廳は國民に対して違法の行政処分をしてはならない責務を負うことは当然であるから裁判によつてそのまさにしようとする行政処分が違法であることが確定した以上行政廳がなお強いてその行政処分を行うということは民主主義の下では考えられないことである。從つて強制の方法のないということはかようの給付判決を求める妨げとなるものではない。よつて更に進んで甲地が第一審原告の主張するように、法第五條第五号に該当する農地であるかどうかを調べるに甲第五号証の一、二及び原審証人井上佐市、山内和三郞、花輪武平、淸水武夫及び当審証人前野与三吉、淸水三俊の各証言並びに当審における檢証の結果に徴すると、甲地は近くその使用目的を変更して宅地とすることを相当とする農地であることが認められ第一審被告の提出援用にかかる各証拠によるも右認定を覆えすに足りない。しかしながら同号は近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地についてもこれを法第三條の規定による買收から除外するには市町村農地委員会が道農地委員会の承認を得て指定し又は道農地委員会が指定することを要件とするものであつて、ここに行政廳が急速な農地改革と遠大な都市計画の遂行との両者を適当に調整する自由裁量の余地を残しているのである。その実際運営にあらわれる利弊は別論として法律がかく明確に規定している以上この要件の満されていない甲地について直ちにこれを買收から除外すべきものと断ずることは、裁判所が自らこの指定を行うと同一の結果に帰するのであつて行政の分野に立ち入るものであり、正当の解釈ということはできない。よつて甲地が法第五條第五号の買收除外地に該当することを理由として右農地を買收すべからずとする第一審原告の請求は失当であり、これを棄却すべきにかかわらずその請求を認容した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六條によりこれを取消さなければならない。

第一審原告の予備的請求について調べるに、その訴旨とするところは前掲旭川地区農地委員会のした買收計画に対する異議却下の決定及び道農地委員会のした訴願棄却の裁決の取消を求めるにあるけれども、法第四十七條の二、附則第七條によれば行政廳の処分で違法なものの取消又は変更を求める訴は右改正規定の施行の日附すなわち昭和二十二年十二月二十六日から一箇月以内にこれを提起しなければならないところ、この予備的請求をしたのは昭和二十四年九月八日であつて右期間を経過していること明らかであるから右請求はこれを不適法として却下すべきものである。

第二、乙地に対する買收取消の請求について

第一審原告が旭川市永山村四百七十八番地の二畑五反歩及び同市永山村四百六十九番地の三畑九反五畝十六歩(乙地)の不在地主であること、同市旭新地区農地委員会が法第三條第一号に該当する土地として買收計画を樹て昭和二十二年三月十五日その旨を公告したが第一審原告は札幌に在住していたため買收計画につき公告のあつた事実を知らなかつたため異議申立等の手続を採らなかつたので同農地委員会では同年三月三十一日右買收計画につき北海道農地委員会の承認を受けついで北海道知事は同年五月二十六日道農地委員会の承認した乙地買收計画に基いて乙地に対する買收令書を発し該令書が同年七月二日第一審原告に交付されたことは当事者間に爭がない。よつて乙地が第一審原告の主張するように、法第五條第五号に該当する農地であるかどうかを調べるに、第一審原告の提出採用にかかる各証拠によると、乙地については一時該地上に病院を建設しようとする企があり又昭和十一年頃から新旭川第一土地区画整理組合が隣接地の区画整理をしなお國策パルプ株式会社の工場その他二三の工場が余り遠くない処に建設されており旭川市としては同市の発展をこの方面に期待し乙地が將來工場地又は住宅地となる見込が十分あることは、これを認めるに難くないけれども、現在において該土地は既成住宅地から相当離れておつて附近には僅かに農家が散在するに止まり、この地が近い將來において宅地又は工場地にその目的を変更するのを相当とする状態に立ち至るものとは認めることができないのであつて、それに乙地についてその使用目的を変更することを相当とするものとし旭新地区農地委員会が買收除外地の指定をした事実のないことは当事者間に爭のないところであるから、いずれにしても乙地が法第五條第五号の買收除外地に該当することを理由として右買收処分の取消を求める第一審原告の請求は失当である。第一審原告は更に旭新地区農地委員会のした本件買收計画の公告は旭川市役所の掲示場に掲示したに止まり不在地主に対する告知方法としては無効であると主張するけれども自作農創設特別措置法施行令第三十七條によると右公告は適法であるからこの点に関する第一審原告の主張も採用することができない。又第一審原告外百二十六名所有の三百三十二筆の農地について買收計画を樹てその公告をし内四十六名からその所有にかかる百八十九筆の土地につき異議の申立があつたのにこれらの異議のすべてについて決定することなく、乙地外百八十七筆の土地につき買收手続を進行したのは法八條に違反するものと主張するけれども農地の買收手続は一筆の土地毎に独立してされるもので、たとえ数筆の農地につき一括して買收計画を定めた場合においてもその数筆の農地について終始合同して買收手続を続行すべきものと解すべきではない。同條の規定は各一筆の農地につき多数の利害関係人から買收計画に対する異議の申立があつた場合そのすべての異議について決定をし又数個の訴願があつた場合そのすべてについて裁決をした上買收計画につき道農地委員会の承認を受くべき旨の法意であつて第一審原告の主張するように数筆の農地を一括して定めた買收計画についてその数筆の農地についてのすべての異議訴願について決定裁決を終えた上でなければ各筆の買收手続を進行してはならないという趣旨ではないから、この点に関する第一審原告の主張も採用し難い。よつて、その余の仮定的主張に対して判断を加えるまでもなく、乙地の買收処分の取消を求める第一審原告の請求は失当であつてこれを棄却すべきものであるから、これと同趣旨に出た原判決は相当であつて民事訴訟法第三百八十四條第一項により第一審原告の控訴を棄却すべきものである。

よつて訴訟費用につき同法第八十九條第九十六條を適用し、主文の通り判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例